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| 過去記事一覧 |
●『秋祭りにて』(1997/11/4)
秋祭りの季節である。 秋の青い空に露店が並び実に楽しいものである。
ところで、祭りに関して一つの疑問があった。 それは、祭りの日が、毎年例えば10月16日と決まっているものと、毎年例えば10月の第三土・日と決まっているものがあることである。
昔は、曜日の感覚がなかったはずだから何月何日となる事はあっても、第何土・日となる事はないと思うのである。 だから、第何土・日に行う祭りはただの観光目的としか思えなかったのである。
しかし、そこには、歴史的な理由があった。
先日ある祭りに行った時である。 その祭りは毎年10月の第一土・日と決まっている。 しかし、昔は9月27日だったそうだ。
それが第二次世界大戦後、政教分離政策の一環として宗教としての神道と、催しとしての祭事を別々に行うようにとゆうことで祭事は毎年10月の第一土・日となったそうである。
ここで、一つの時代を感じたわけであるが、今年もう一つ時代を感じたものがあった。 黒烏帽子(くろえぼし)に白装束で神社境内に何人かの人が入ってきた。
中には若いおにいちゃんもいる。 「こんな若いおにいちゃんがあんな格好をするんだ。」と思ったときである。 そのおにいちゃんが行列を終え黒烏帽子をはずしたのである。
すると、茶髪とゆうより金髪のロン毛だったのである。
これも時代なのかなあと思いつつ、これを受け入れた昔からこの祭りに携ってきた人たちもこれを時代と受け止めているのだろうと思った次第である。
ところで、この祭りは古くから山車が何台も街をねり歩くものである。 街中の人々が昔の飛脚のような格好に法被を着て、実際に山車を引かなくても祭りに参加した気分になっている。
そんな中にやはりそのような男まさりの格好をした女の子がいた。 彼女は祭りの意味など知るわけもなく、「この格好がしたい。」というだけだと思う。
その彼女が露店で買ったお菓子のごみをなんのためらいもなく、境内に捨てたのである。 祭りの意味を理解しろとは言わないが、自分たちの街の祭りに参加しているのだから、その祭りで自分たちの街を汚すことに何も感じないなんて、祭りに参加する資格などないはずだ。
こんなのは常識である。 彼女の親は子供を祭りに参加させることはできても、それ以前のことは何もできていないのではないか。
昨今新聞紙上をにぎわかす事件の若年化が見られるが、これらの大きな原因の一つは、やはり親のしつけではないだろうか。 「学校の責任」と言われるがそればかりではないと思う。
親にもなっていない者が言うのもおかしいがそう思えてならない。
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●東京 (1997/9/8)
東京と聞いて思い浮かぶ事は、東京タワー、東京ディズニーランド、首都、人、情報、物価が高い、などなどまだまだ有るが、「憧れ」の言葉は浮かんでこない。
私自身なぜ東京に憧れを感じなかったのかわからないし、不思議である。 事実、私のまわりには、「東京に憧れた。」という人が多く、いまでも「やっぱ、東京でしょう。」という人もいる。
確かにそうなんだろう。 でも、私は、東京の大学を受験しようとも思わなかったし、東京で就職しようとも思わなかった。
しかし、私は東京を嫌っているわけではなく、何度か遊びにも行っている。 その時は、「ここは、おもしろそうだ。 東京には、こんな所があるんだ。ここは、絶対に行こう。」と思い、実際に行ってみて、それを裏切られた事はなく、おもいっきり楽しんで帰って来るのである。
その度にいつも私が思うのは、「東京は、遊ぶには最高だけど、やっぱり、住む所じゃないよな。」という事である。 住んだ事もないのにそんな事がわかるのかと言われそうだが、どうしてもそう思えてしょうがないのである。
ただ、今後は、仕事の関係で東京へ行く事があるかもしれない。 その時は、今までとは違った角度で東京を感じる事ができるかもしれないし、そうなれば東京への価値観もかわるかもしれない。
その時の自分が楽しみである。
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●主義 (1997/7/1)
「主義」を辞書で引いてみると以下の二つの意味がある。
@これでなければいけないと思って、堅く守る考え方 この意味で使われるのは、学問の中で使われる事が多いのではないだろうか。 例えば、財務諸表論における「発生主義」「実現主義」(すいません。どーしても、今の私は主義と言うとこの言葉が頭に浮かんでしまうのです。)の様にである。
確かに、ある考え方を的確に表現している言葉である。
A常に守られる、行動上の方針 この意味で使われるのは、自分自身あるいは、ほかの人を現わす場合であると思われる。 すなわち、その人のこだわりを現わすものである。
では、私を現わすとするとどうなるのだろうか。
私は、「完璧主義」と言われる事がある。 確かに自分でも「完璧主義」を目指しているところはある。 特に仕事について言えば「完璧主義」に徹することこそ正しいことと思っていた。
そのために、時間を費やすことをなんとも思わなかったところがあった。 これは、結果として自分のこだわりのために、大事な時間を無駄にしていたのである。
では、これをどの方向へ転換するかである。 それは、完璧から確実へ、そして、時間を短くである。 そのためには、仕事の流れを考え、省けるところは省き、大事なところを確実に押さえるということである。
「完璧主義」から脱却し、「確実主義」へと自分の気持ちを切り替えていきたいと思う。
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●発見(1997/5/6)
「発見」などと言うテーマは、漠然としすぎて何を書いていいのかとまどってしまう。 その反面、「発見」と言う言葉は、そこかしこで目にし、耳にする言葉だとも思える。
例えば、テレビ欄。 「大発見!!徳川家の秘宝」とか言う具合に。
自分自身の日常生活の中にも「発見」は、よく顔を覗かせるものだ。 そうそう、出てくる、出てくる。 朝の通勤。 道路は混んでいる。 なんとか、この渋滞を抜け出したい。
その時、裏道「発見」。 ハンドルを右に左に新しい道を進む。 そして、事務所に着けば開口一番、「今日、裏道を発見してさあ。これからは、あの道だね。」と、皆に自慢げに話すのである。
そして、いらぬおせっかいと分かっていても、ついつい教えてしまうのである。
ほかに、こう言う「発見」もある。 いつもと同じように会話をしている相手のふとした心使いを「発見」した時である。 こうした、「ふとした」ものを「発見」した時ほど、感動が大きく、その心使いを自分も見習いたいと思うのである。
こう考えてみると、「発見」と言う響きは、人の好奇心をくすぐり、感動を与えるものであり、話題のきっかけとなるキーワードのようだ。 そうなると、「発見」のない生活なんてなんとつまらないものだろうか。
世紀の大発見でなくてもいいのである。 小さな、小さな発見で、生活がより楽しくなるのだから…。
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●GUAM研修旅行記 (1996/11/5)
私たち松川会計事務所所員一同は、所長松川幸弘の粋なはからいにより、9月7日より研修旅行と銘打ち、GUAMへと旅立ちました。
旅行内容をまず紹介しますと、9月7日、名古屋空港より、空路GUAMへ、快適(?)な空の旅の後は、バスにてホテルへ直行、ホテルに着いたのが深夜にもかかわらず、「今日は、もう晩いので明日に備えて」なんてならないのが、松川会計なのです。
翌9月8日は、GUAMと言えば「海」、マリンスポーツでリゾートアイランド・GUAMを満喫。 中でも、パラセーリングと、ジェットスキーは、皆がこの旅行の中で一番のめだまとしたものの一つでした。
ただお天気が、お天気が……… また、夕方からは、ドッグレースへ、これは、はっきり言って、はまります。
翌9月9日は、ゴルフ組とサファリツアー組に分かれて、気分爽快と行くはずが、今日も、今日も、お天気が、お天気が、………お天気が〜〜 この日夕食は、渚でのバーべキュー。
残念なことに、雨の為、渚のそばでのバーべキューとなりましたが、ここで一番のっていたのが、所長松川幸弘であることは言うまでもありません。 夕食後、全員でガンシューティングへ。
「第1回松川会計ガンシュウティング大会」ドンドンドンドンパフパフ♪
そして、9月10日最終日、午前中に最後の買い物に出かけ、その後空港へ、そして、夕方名古屋へと帰国の途に着いたのでした。 本当に愉快な旅行でした。
が、これこそGUAM、と言う青空を見られなかったのが残念だよね、後藤君。
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●CHATTING!*消耗品費の謎 (1996/9/1)
(※編注;前回ご好評を頂きましたこのコーナー、「CHATTING!」(→"気楽におしゃべり!"とでも訳せましょうか…)。
ご期待に応えた第2弾は、責任執筆・吉澤修一! 前号では、大のパソコンフリーク松川に、社長専用パソコンの経費計上を迫られ、"ぐへっ!"とうろたえてしまった彼。
果たしてどんな逆襲がおこるのか!?と思いきや、そこはやはりMr.吉澤。 いつもどおりの誠実な対応で、バリバリ正攻法返しなのでした* )
●社長: 「コンピューターは、経費にならないのかね?」
★私 :「コンピューターは、経費になりますよ。 ただ、そこで問題になるのは、一時の経費にするか、何年かかけて経費にするかということですね。」
●社長:「なに、一度に経費にならないのかね。」
★私:「いや、コンピューターの代金が20万円以下であれば消耗品費として支払い金額を一度に経費にできますよ。 正確には、20万円以下ではなくて、20万円未満、
つまり、199,999円以下と言う事なんですけどね。」
●社長:「じゃあとにかく20万円未満のものを買って来ればいいんだな。」
★私:「基本的にはそう言う事になります。しかし、そう 簡単にいかないんですよ、これがまた。」
●社長:「どういうこと?」
★私:「附随費用と言いまして、その物、今の場合コンピューターですけど、を購入するに当たって必要な費用、言い換えれば、コンピューターを動かすのに最低必要な費用を含めて、20万円未満であれば一度に経費にできると言う事です。
具体的に言うと、コンピューター本体とコンピューターを動かすのに最低必要なソフト、それから設置料の合計が20万円未満であればいいと言う事です。」
●社長:「プリンターも欲しいなあ。」
★私:「プリンターも本体とプリンターケイブルなどを含めて20万円未満ならOKです。 ただ、コンピューター本体と同じ日に購入すると、コンピュータ
ー本体と一体で考えますので、固定資産に計上することになると思います。 それとですね…」
●社長:「まだなにかあるの?」
★私:「ええ、実は消費税が関係するんですよ。」
●社長:「消費税?」
★私:「そうです。 消費税の会計処理を税抜き処理しているか、税込み処理しているかが問題になるんですよ。 例えば、税抜き金額が、198,000円の物を買った場合、税抜き処理をしている会社ならば、文字通り20万円未満ですので消耗品費とすることができますが、税込み処理をしている会社ならば、203,940円となって20万円を超えますので、固定資産となって減価償却を行う事になるんですよ。」
●社長:「なんか変な話だなあ。」
★私:「そうですね。 でも、社長の所は税抜き処理ですから、どち
らかと言えば有利な気がしますよね。」
●社長:「そうだな。でも税抜き処理は、ずっと続けなければいけないんだろ。」
★私:「いや、そう言う 事はないようですよ。 ただ、税務署は、できれば毎期継続して欲しいと言う事でしたけどね。 それから 参考までにですけど、免税業者の場合はもともと消費税の処理
と言うものがありませんから、税込み金額でしか考えられないんですよ。」
●社長:「なるほどね。」
★私 :「ところで、社長、コンピューターの機種はお決まりですか? もしお決まりなら、それが社長のニーズに合っているかの判断をさせていただきますし、逆に、まだお決まりでなければ、ご相談にのらせていただきます。」
●社長:「そう。実はね、まだ決まっていないんだよ。」
★私 :「そうですか。では、松川会計におまかせ下さい。 必ず、ニーズにお応えします。」
この後は、コンピューターの話で盛り上がり、予定の時間に事務所に戻れず、残業をする事となった事は皆さんお分かりでしょう………。
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●仕事 (1996/7/1)
私は、「仕事」というのは、それぞれの職業というよりも、それぞれに与えられた役割のことだと思う。
子供の頃のそうじ当番、花壇の水やり、……… その頃、自分に与えられた役割であり、仕事であった。 どうやってさぼろうかとばかり考えたものである。
では、今はどうであろうか。 松川会計での「仕事」…、今の自分に与えられた役割は…、 顧問先さんの帳簿処理・決算…そんなことは、言わずもがなであって、それ以上のことがある。
それは、「顧問先さんのために、」ということである。 これは、子供の頃のそうじ当番の時には、気づかなかったことであるが、その頃から「仕事」の裏に隠れていたものなのである。
それは、「人のために」ということなのである。 自分が仕事をすることで喜んでくれる人がいるのである。
私には残念ながら、「仕事」について、ヒントを与えてくれたり、感銘を受けた本などはなかった。 しかし、私が初めて就職した会計事務所の所長が口ぐせの様に言っていたのが、この「人のために、お客様のために、」であった。
その頃は、わかっていたつもりではあったが、はたしてどうだったか。 しかし、今は、そのことがよくわかる。 それに、自分にその精神が知らず知らずに身についていたことが、うれしいのである。
ところで、世間でも、よく「お客様のために」と言う言葉を聞くが、本当にその精神は、「仕事」に反映しているのであろうかと思うことがある。 しかし、会計事務所の仕事は、明らかに「お客様のために」なる仕事である。
この意味からも、この仕事を選んでよかったと思う。
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