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過去記事一覧

健康を取り戻すぞ?(1997/11/4)

ここ数年のことであるが、年に一度は病気をして寝込んでしまう。 つい最近も風邪にかかってしまい、半日ほど仕事を休んでしまった。 また、悪いことに?先日の健康診断の結果も出てしまった。 当然まともな診断結果でなかった。 これを女房に見つかり減酒・減煙・減塩と言い渡された。

診断結果を見た翌々日は、年2回のゴルフコンペの日だった。 気分はジャンボか直道かのゴルフなのだが、スコアはまとまらないのが常だから気にしない。

しかし、コンペ後の打ち上げは、例年上位である。 が、今回は、おとなしくしよう!!と決心して打ち上げに望んだのだが、打ち上げが始るとすぐに悪の手が2次会の誘い。 嫌いじゃないけど女房の顔を思い浮かべながら悩み続けていると、気がつけばそこはもう2次会の 席、回りのメンバーを見るとコンペに参加しなかった者が半数。

結局、連続9時間の飲めや飲めやの大宴会。 どこが減酒・減煙なのか分かったものじゃない。

自分の健康にプラスにしようと昨年からソフトボールを始めたが、週1回の練習後の飲み会がたまらない。 何度飲み会を休もうと思ったことか、でも結局参加している自分が悲しい。

明日は秋季戦が始まる。 打ち上げがある、今悩んでいます。 朝7時集合、2ゲームあって終わるのがお昼過ぎ、時間は十分、とりあえず参加してみるか。 ゲームは出場しないが汗を流して、大きな声を出して、ストレスを発散して、気分転換をしよっと!ただし、アルコールは腹八分目・食べ物は腹七分目。

来年の健康診断は、要再検査・要治療がでないようにガンバルぞ!!→1勝2敗、優勝ならず


『クローン』??分かるような分からないような (1997/9/8)

『クローン』この言葉、子供の頃聞いたことがあるような気がする。 ベム・ベラ・ベロ?でもこれは、妖怪人間だったはず。 それくらい興味のない、また夢の中の事だった。

それが少し前、新聞で見た。クローン羊が生まれたそうだ。 名前は確か「ドリー」。 次には、「ポリー」。 全農は、クローン牛の大量生産。

新聞によると『クローン』は、「複製生物(遺伝子が完全に同一の生き物)」の事らしい。 「ポリー」は、人間の遺伝子を組み込んで誕生に成功した。 生きた製薬工場にして医薬品を生産させることを狙っているそうだ。 子羊の育つ確立も「ドリー」に比べて非常に高いらしい。 全農の大量生産は、1個の受精卵から200頭のクローン牛を生産できるそうだ。

時が進めば今度は、人間のクローン誕生に成功それも大量生産できると言うニュースが流れてきそうな気配だ。

仕事と遊びに忙しい時などは、一人の私が仕事を進め、もう一人の私が遊び、とよく思ったことだ。 私だけに限らず大勢の方がそう思うことがあったと思う。 これは、良いことなのか悪いことなのか分からない。 が、私は今、その様に思いたくない、近い将来現実となるのが恐いからかもしれない。

世の中に自分が他にもいる?とてもじゃないが、そんな事は考えられない。 人間のクローンの研究だけは、やめてくれ!!。 と、私が叫んだところで研究が終わることは無い。 せめてものお願いとして軍事目的のクローンを誕生させないで欲しいものだ。


怒り(1997/7/1)

つい最近のことである。 ある田舎町で殺人事件が発生した。

事件が発覚するとすぐにマスコミが亡くなられた方の親族より先にその田舎町になだれ込んできた。 すぐに取材者達は被害者宅のインターホンにマイクを向け、入れ替り張り付いている。 インターホンの中から悲しみに耐えた声で『…何もお話することはありません…非常識ではありませんか?…』と聞こえる。

近くに住む私の家まで取材に来た。 普段の様子はどうでしたか? 金銭のトラブルを耳にしたこと無いですか? 交友関係は? 等々ここでも入れ替りである。

なかには夜中の1時にインターホンを鳴らされ取材をさせて欲しいと。 今のマスコミの取材方法はプライベートな事にまで執拗に迫って来るし、常識を超えて取材に来る。 亡くなられた方に対して冥福を祈った取材者があっただろうか。

また、報道にあってもショーアップされ真実をおもしろおかしく報道しているように受けられる。 もちろんすべてのマスコミがそうしているわけではないと思うが、 どうも新聞の販売部数やテレビの視聴率等を上げるための報道が多い。 たまたま近くであった3面記事的な事件に関して取材と報道との両方を見ることによって痛感した。

私はこのようなマスコミに対してあまりいい印象を持っていない。 テレビを見ていてもあそこまでしなくてもと思える場面が幾度となくあり、 新聞を見ても大見出しについつられて内容の無い記事を読んでしまったり。

情報は、早く正確に伝えることが大切であるが、我先に面白く伝える情報は少なくしてもらいたいものだ。 と、同時に情報を受取る私達が、しっかりと情報を分類する力を持たなければいけない。


リストラ『企業再構築』 (1997/5/6)

バブル時代につけてしまった余分な贅肉を削ぎ落とすこと。 私は、このように思っている。

会社にしてみれば泡のように湧出るバブルと言う名の景気の波に乗って一気に業績を伸ばそうと思う時代があった。 この時代に自社の本来見合うべき体力に気がつかず、この波に乗ってしまった会社やこの波に乗ろうと背伸びした会社は、バブル景気の崩壊とともに自社の水脹れ状態に驚き、右往左往したのではないだろうか。 そこで『企業再構築』リストラが開始されたのである。

会社はまず、設備投資の自粛・会社組織全体の見直し・会社経費の見直し等色々な手法を用いて会社をもとのように再建しようと大変な努力をし、現在も努力中である。

また、サラリーマンも残業が無くなり収入が減ったため家庭内でのリストラを強いられた。 中には、残業収入をあてに一戸建住宅を購入した者もあるが、バブル景気の崩壊とともに住宅を手放す状態になった者もあると聞く。 それも非常に安い価格で。

このようなことからリストラと言う言葉を聞くと、あまり良い印象を持たない方が多いと思うし、私自身も良い気はしない。 しかし、会社が自社の存続をかけてリストラをし、個人が身を削ってガマンしているのだから政府・行政のリストラには大胆に取組んでもらいたいものだ。 現在の日本は、確かに山積みの諸問題を抱えているが、国民が納得できるような答えを出してもらいたいと思う。




消費税の改正(1996/11/5)

税率の引上げを中心とした新しい消費税が始まります。 単に税率が5%になるだけと思ったら大間違い!!。 今から準備すべきことを、簡単にまとめてみました。

1.税率3%?それとも5%?
A社3月31日出荷売上、当社4月1日検収仕入の場合、税率は?%となるのでしょう。 このように4月1日をまたぐ取引きがあっても、実際に負担している消費税は3%なので、仕入税額控除は3%で計算します。 なお、平成8年9月30日以前に請負契約をした長期工事については、 書面により3%であることを通知しなければなりません。 このように、一時的ですが複数税率になります。 販売管理又は財務ソフトの対応は、よろしいですか?。

2.支払った金額が3万円未満.3万円以上
支払金額3万円未満の場合には、請求書の交付を受けなくてもよいこととなっていますが、 3万円以上の場合には、下記内容の記入してある請求書の交付を受けなければなりません。

(1) 発行者の氏名又は名称
(2) 販売した年月日
(3)商品名又はサービス名等(お品代はダメ)
(4) 金額(消費税を含む)
(5)あなたの名前又は名称(上様はダメ)

以上の5項目の記入が絶対に必要になり、7年間の保存も必要です。 当然、自社の請求書も上記内容が記入できるようにしておいて下さい。 また、請求書の発行も金額の大小に係らず発行するように今のうちから心がけましょう。

3.帳簿の記載方法 請求書がしっかり保存してあっても、帳簿に上記4の(1)〜(4)の記載のない場合は、仕入税額控除はできません。 が、細かく請求書を帳簿に写す必要はありません。 たとえば、文房具などは文具類と言ったように一般的な呼び名でまとめて記載しても認められます。 ただし、非課税商品(贈答用図書券.贈答用ビール券など)がある場合には、区別して帳簿に記載する必要はあります。

以上のように税率がアップするだけでなく、仕入税額控除の計算が厳しくなってきました。会計事務所まかせでなく、日々の注意が必要となります。




仕事(1996/7/1)

仕事 ? う〜ん ! 私にとって仕事とは、 当然のことだが生活の糧を得るための場でもあり、自分を磨く場でもある。 私自身の基本方針は、"家庭も守れない者は、仕事も出来ない"、であり、これは女房.子どもを持てば身に付けなければならないことだと思っている。 し、また、私もそのように努力をしているつもりだ。

幸い私の女房は、理解があるのか、私の好きな様に仕事をさせてくれる。 私が仕事で忙しくて、家庭サービスもできなくても、グチの一言二言ですませてくれるし、 仕事のためのパソコン(?)も買い替えたいと言えば、家族旅行をケチッテでもお金を出してくれる。 本当に、出来た女房だと思う。?? これは、私が守っているので無く、女房に守ってもらっているようだ。 いや、確かに女房に家庭を守ってもらっている。 うん ! そういうことにしておこう。

となると、私の基本方針はどうなってしまうのだろうか? だいぶやばくなってきたが、つもりで私の基本方針は変えません。

私がこの職業を選んだのは、不純な動機なのであまり話をしたことがないのですが、今は自分の仕事に自信を持っているので、あえてお話します。 私は、大学生時代に遊びに遊び留年をし、あげくの果てに卒業も出来ませんでした。 そんな時に私はこの先どうしようと考え、そこでひらめいたのが、高校生時代に簿記の資格を取ったことでした。 そこで、父親に、もう少し簿記の勉強をしたいと言い、現在のD専門学校に全日制で入学をしました。 そこで生徒として、約1年6ケ月簿記の勉強をし、卒業もせず、生徒の立場から講師となりました。(余談ですが、このころ松川先生と知り合いました。)

そして、税理士の資格に興味を持ち少し勉強をしました。 これが現在の職業に付いたキッカケとなりました。 このD専門学校時代に、Tと言う相年の先生がいました。 T先生は、仕事に対する姿勢は鬼の様でした。 一年365日、一日も休まず体を動かしていました。 誰が言ったか忘れましたが "頭の使えない者は、体を使え" という言葉があります。 T先生は、決して頭の使えない人ではないが、行動力、営業力ではグンを抜いていました。 T先生の存在は、私に大きな影響を与えてくれました。

D専門学校を退職して、豊橋市内の会計事務所に就職をしました。 机上の勉強と実務のギャップに驚き、入所1ケ月で法人決算、パソコン、やることなすことすべて初めて、緊張の連続でした。 が、現在の私の基礎となったのも事実です。 しかし、仕事上思うところあり退職、松川先生にお願いをして、松川会計に就職させて頂きました。 あいまいな動機で道を選んだが、多くの方と出会い、知り合い、数多く勉強させて頂きました。 まだまだ、先は長いが、自分を磨く職場としては、最高の仕事だと思っています。




 


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